ゆうべは素敵な夢をみた

旅と、コーヒーと、あと少し。

日々を「たんたんと」暮らすということ

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なにか心を揺さぶれるようなことが起きても、日常の動作を「たんたんと」こなせばそのうち時間が解決してくれるらしい。

日々を「ちゃんと」ではなく「たんたんと」過ごす。


不安でいろんなことに押しつぶされそうなときでも、悲しくてたまらない夜も、一日中ベッドに潜ってメソメソしているよりも「たんたんと」過ごす。

掃除をしたり、料理をしたり、お化粧をして、電車に乗って、学校・会社に行く。

友人と他愛もない話をして、また電車に乗って、家の鍵を開け、ドアノブをひねり、部屋に入る。

お風呂に入って、顔を洗って、歯磨きをして、髪をとかして、ベッドに潜る。


これは「こんなことで落ち込んでいちゃダメだ」「ちゃんとしなきゃ」って自分にムチを打つんじゃない。

ただただ心をぼんやりさせて「たんたんと」こなす。そうやっていくうちに時間は流れていく。心の傷もやんわりと消えてゆく。



こうやって過ごすことによって、落ち込んでる自分を否定するんじゃなくて受け止めてるんだなあと思った。

わたしも母が亡くなったり、傷つくような恋をしてひどく落ち込んで沈み込んでしまったことがあったけど、

そういうときこそ「たんたんと」暮らすのが笑顔を取り戻せる1番の近道なのかもしれない。


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「たんたんと」に気づいてから、お仕事もそうなんだなと思うようになった。

「期待値を超えなきゃ」って頑張って頑張って焦るよりも、ただ「たんたんと」こなすひとのほうが何倍も生きやすいんだと思うんだ。

わたしはいつも「頑張らなきゃ」って自分を追い詰めてしまい、何度つくっても「こんなんじゃ期待値を超えられない、ダメだ」って自分を責めて落ち込んでた。

そうして人に迷惑をかけてしまったりごめんなさいと何度も何度も頭を下げたり。

こうやってどんどん心が疲弊していってしまったんだ。



それよりも「たんたんと」こなして、いちど人に評価してもらう。

何か改善点を聞くことが出来たなら、それに対して「ああダメ出しされた、やっぱりダメなんだ」なんて落ち込まないで、また「たんたんと」修正をする。

上手く世の中を歩いてる人は自然とこういうことができているのかもしれない。

そう、上手く生きていくというのはことなのかもしれない。



ブログひとつとっても、こういう文章ってダメなんじゃないかとか思ってずっと書けなかった。

そうしていくうちに良くも悪くも思い出も風化していってしまうのに。

(こういうことってどうやって気づくんだろう?誰が教えてくれるんだろう?)



今日は文章を書くことができて良い日だ。これからもたんたんと、記録してゆこう。